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Dans le temps calme ... 日々…何気なく感じた事などを、マイペースに綴っています。

「東日本大震災」から、3年 詩画集『詩ふたつ』長田弘さん著

  11, 2014 21:15
「東日本大震災」から、3年が経ちましたね
(2011年3月11日 地震発生時刻 午後2時46分)

未曾有の被害をもたらした…大震災
大震災、大津波などで亡なられた人々1万5884人、行方不明者2633人
避難生活を送られている人々、27万人余り

職場でも一緒にいる、スタッフとともに午後2時46分へ合わせて
黙祷を捧げました

ここ数日間だけでも、被災地での様々な追悼式典の様子
被災者の方々の現状を伝える、ドキュメンタリー番組などに触れ
現在もまだ続いている…苦しみや悲しみなど

自然災害の恐ろしさ。復興の遅れによる、被災者の生活環境での不安…等
日々過酷な支援活動や、原発で作業している方々の厳しい現状が
とても伝わってきました

大震災は、被災地のみならず…日本中の人々へ
様々な心の痛みをもたらしました

この3年間感じられた。悲しみと共に…
何気ない日常生活を、過ごせる事に感謝しつつ
これから、できる限りの支援を…続けてゆけたらと想っています

すべての被災者の皆様に、心より…お見舞い申し上げます

詩画集『詩ふたつ』長田 弘さん著
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クレヨンハウス)2010/5/20 発行


大切な人との絆へ。心揺さぶる長田さんの2編の詩
「花を持って、会いにゆく」、「人生は森のなかの1日」
グスタフ・クリムトの描く、自然豊かな美しい樹木と
花々の挿絵が、心に沁み渡り…優しく寄り添ってきます

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「花を持って、会いにゆく」長田 弘さん

春の日、あなたに会いにゆく。
あなたは、なくなった人である。
どこにもいない人である。

どこにもいない人に会いにゆく。
きれいな水と、
きれいな花を、手に持って。

どこにもいない?
違うと、なくなった人は言う。
どこにもいないのではない。

どこにもゆかないのだ。
いつも、ここにいる。
歩くことは、しなくなった。

歩くことをやめて、
はじめて知ったことがある。
歩くことは、ここではないどこかへ、

遠いどこかへ、遠くへ、遠くへ、
どんどんゆくことだと、そう思っていた。
そうでないということに気づいたのは、

死んでからだった。もう、
どこにもゆかないし、
どんな遠くへもゆくことはない。

そうと知ったときに、
じぶんの、いま、いる、
ここが、じぶんのゆきついた、

いちばん遠い場所であることに気づいた。
この世から一番遠い場所が、
ほんとうは、この世に

いちばん近い場所だということに。
生きるとは、年をとるということだ。
死んだら、年をとらないのだ。

十歳で死んだ
人生の最初の友人は、
いまでも十歳のままだ。

病に苦しんで
なくなった母は、
死んで、また元気になった。

死ではなく、その人が
じぶんのなかにのこしていった
たしかな記憶を、わたしは信じる。

ことばって、何だと思う?
けっしてことばにできない思いが、
ここにあると指すのが、ことばだ。

話すこともなかった人とだって、
語らうことができると知ったのも、
死んでからだった。

春の木々の
枝々が競いあって、
霞む空をつかもうとしている。

春の日、あなたに会いにゆく。
きれいな水と、
きれいな花を、手に持って。


長田弘さんが、最愛の奥様を亡くされた後、綴られた詩
「すべての、それぞれの愛するひとを見送ったひとに」

「喪によって、人が発見するのは絆だからです。
そのことをけっして忘れさせないものとして、いつも目の前において
励まされたのはグスタフ・クリムトの樹木と、花々の圧倒的な絵でした。
わたしにとってのクリムトは、誰でもあるよりもまず、樹木と花々の
めぐりくる季節の、死と再生の画家です。」
(長田 弘『詩ふたつ』あとがきより)


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